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テキスト-泥棒

 粗忽者の空き巣狙いの泥棒がある日「仕事」に出かけて戦利品を持って自宅に帰ってみると,自分の家の家具が見あたりません。服がたくさんはいった桐のたんすが無くなっていたのです。その中には通帳もしまって置いたので,それがないととても困ってしまいます。困った泥棒,すぐさま警察を呼び,被害を届け出ようと思いました。警察に電話をかけてからだいぶ経つのに,彼らはなかなかやってきません。焦っている時には時間の経つのがとても遅く感じられものです。
 警察がやってくるのがあまりにも遅いので,泥棒は今日の「戦利品」を片づけようと思い,ある家から盗んできたたんすを家の中にしまおうとしました。しかし,ここで気づくのです。
 このたんすは俺のではないか。家を物色しているうちに,町内を一回りして帰ってきてしまったのではないか。これは困ったぞ。この泥棒,今までに数々の悪事を重ねてきた身ですから,「自分で自分のたんすを盗んでしまったみたいですぅ。」などといったら調べられ,御用となってしまうでしょう。しかし彼はなかなか無駄に誇りの高い人間だったものですから,「自分の家にたんすは最初から無かったんでした。お騒がせしてすみませんでした。」などとも言えない。どうしたものかと考えているうちに,とうとう警察がやってきてしまいました。
「警察です。空き巣に入られたと聞きましたが,あなたで間違いないですね。」
「はい。帰ってきたらものが盗られてました。」
「今帰ってきた所でしたか?」
「はい。今帰ってきた所です。」
早く帰ってくれればいいのに。泥棒の緊張は最高に達しかけています。
「今まで何をされていたんです?」
「仕事してました。」
「お仕事とは? 何をされているんですか?」
という警察の言葉に,泥棒は困ってしまいました。そこでとっさに思いついた言葉が,
「町内を回る仕事です。」
言った直後,ヤバイ,と思いましたがもう遅い。
「聞いたことのない仕事ですね。どんな仕事なんです?」
「う〜ん,最近は物騒ですからね,民間パトロールですよ。こんな時世だからこそ,地域の底力を見せなきゃってことで始めた活動なんですけどね。泥棒みたいなならず者がいないかパトロールしているんです。」
我ながら上手く言いくるめたものです。警察もひとまず納得しているみたいですし,早く話を終わらせてくれれば最高ですが……。しかし,警察はさらに質問してきます。
「本題に入りますが,何を盗られたんですか?」
「ちょうどそこに置いてあるのとそっくりそのまま同じたんすです。」
しまった。また口が滑ってしまった。考え事をしていて,たんすをしまう暇がなかったのだ。警察は眉をひそめ,訊いてきました。
「このたんすか?」
「はい。」
どうしようもない状況になってきました。
「何で戻ってきたのだろう。」
「それは,泥棒はこの家ごと盗む方が手っ取り早いと思ったのでしょう。たんすを運び出した所でそれに気付いて家の中に戻そうとしたんですが,人がきたので逃げたのではないでしょうか。」
喋れば喋るほど深みに はまっていきます。
「どういうことだ?」
「ここをすみかにしようと思ったのでしょう。それで,早速自分好みの部屋に『模様替え』したい気分になり,家具を動かしていたんでしょう。」
「普通,家具を外に持ち出して模様替えなどするか? それにあなた,さっきは『たんすを運び出したところで人がきて,逃げていった』と言ったじゃないですか。」
もうダメです。何も言わない方がどれだけ良かったことか。
「多分,この家に越してきた人は頭のいかれた狂人だったのでしょう。……いや違う。彼は決してそんな人間ではありませんよ。」
「知り合いなのか?」
誇りの高さが自分を地獄に落としていきます。
「はい,知り合いです。結構親しい仲だったんですよ」
「犯人の見当はつくのか?」
困りました。本当に困りました。しかし,ここで口ごもると余計に怪しいと考えた泥棒,とっさに出た一言が
「おそらく,彼は今,警官と話して返答に困る質問をたくさんされていますよ。」
「そうか,それなら安心だ。」
そう言うと,警官は歩き去ってしまいました。